スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【藤井聡】竹中平蔵氏の「新自由主義に基づいての国土強靭化」

藤井聡教授FBよりシェア

竹中氏がネット上に書かれた記事に対する批評を紹介差し上げましたが、たまたまですが、その翌日に、下記記事が、産経に掲載されたようですね。

記事のトーンとして「強靭化は必要」という前提で、新自由主義に基づいて強靭化するには、という調子になっております。

当方の批評のポイントは、「強靭化は必要、という点だけはずさないでいただきたい!」という一点でしたから、下記記事の姿勢でありましたら、ひとまずは議論は十分成立すると思います。ついては、当方としては是非、「反対派の皆さん」には、竹中氏を「見習って」(!)いただいて、まずは、「強靭化は必要だが」という一点を共有認識いただいて、「その強靭化をどうやって進めるべきなのか」という議論のテーブルについていただきたいと思います。

(ただし、その「テーブル」の中では、ありとあらゆる誤解を解く作業が必要になろうかと思います。公共インフラのコンセッションについては、当方も長らく実務や研究に携わって参りましたが、基本的に「無理」「ナンセンス」というケースが大半なのです。それはまた、議論がそこまで深まった時に徹底的に主張したいと思います)





慶応大学教授・竹中平蔵 
「ばらまき」避けて国土を強靱に 2012.8.29 産経[正論]

 自民党が国土強靱(きょうじん)化政策を公表し、次期衆議院選挙のマニフェスト(政権公約)に含めることを決めた。次期選挙では自民党の議席増が予想されるだけに、無視できない政策になる。だが、10年で200兆円の公共事業という表現に加え、公表時期が消費税増税法案の採決とほぼ重なったこともあって「ばらまき」批判は根強い。

既存施設の活用がカギ

 確かに、これまで削減が続いてきた公共事業を増税に合わせて拡大させたいとの政治的意図が見える。地方にとり建設業は最大の産業の一つで、保守の重要な政治基盤だ。ばらまきを回避しつつ国土強靱化による問題提起を生かす方策として「既存ストック活用型」のインフラ整備を提唱したい。
 日本の公共事業は、バブル崩壊後の経済低迷の中で急拡大した。本来、不良債権処理を含むバランスシート調整が必要だったのに、それらを先延ばしし、短期の需要拡大策として安易に公共投資が拡大されたことは否めない。1980年代にせいぜい8兆円水準だった公共事業関係費は、98年のピーク時に14・9兆円(補正後)に達している。国内総生産(GDP)比では、日本の公的固定資本形成は90年代には6・4%と、欧米主要国の約2倍の水準となった。
 それが、小泉純一郎政権下で初年度に公共投資約10%削減、次年度以降も平均約3%の削減を続けた。民主党政権になると、「コンクリートから人へ」の掛け声の下でさらに大幅削減となり、2010年には、公的固定資本形成の対GDP比は3・2%と最盛期のほぼ半分になっている。ドイツ(1・6%)、英米両国(ともに2・5%)に比べれば依然やや高いものの、フランス(3・1%)と大差ない水準であり、1990年代の「世界的にみて高すぎる」段階は過ぎたといえる。その意味で、現時点で今後のインフラ整備と公共投資をどう進めるかビジョンを問い直すことは有意義である。

インフラの運用権は民間へ

 もう一つ重要な視点は今後の更新投資が十分行えるかどうかだ。日本はすでに巨額の公的資本ストックを有し、維持・更新のためだけで今後、多額の投資が必要だ。国土交通省によると、従来通り維持管理・更新をした場合、2037年には必要な更新投資額が投資総額を上回る計算だ。資金調達面からも長期的な公共投資戦略が求められている時期だといえる。
 強靱化政策には、今後必要とされる社会資本整備の項目、つまりインフラ需要が数多く並ぶ。個々の重要性は否定しないが、社会保障、教育、産業強化でも政策需要は後を絶たない。政策に振り向けられる資金総額をマクロ的に判断し優先順位を付けることこそ政治の役割である。インフラ整備の場合、投資の懐妊期間が長いため順位付けは極めて重要になる。例えば、整備新幹線3路線を並行して進めず最初の1路線に集中投資すれば、早期に使用できる点で投資の供給力効果は大きく高まる。
 インフラ整備で何より重要なのは既存の資本ストックを活用する工夫だ。「コンセッション」と呼ばれる方式を国土強靱化の前面に掲げるよう提唱したい。コンセッションとはインフラの所有権は国や地方が持ち、運用権は民間に売却することだ。道路、空港、水道などキャッシュフローを生むインフラの多くが対象となり得る。

メルボルン空港の成功に学ぶ

 一例を挙げる。オーストラリアでは、1996年空港法改正で施設の長期リースが可能になった。期間は50年で、さらに49年延長できる。基本的に運営は民間に任され、公的性格を考慮して外資比率は49%以下、航空関連収入には価格の上限を設ける規定もある。97年からのメルボルン空港の民間運営では、空港ビル商業エリアのテナントを入れ替え、駐車場を整備し、隣接地にビジネスパークを建設する不動産開発も行った。その結果、事業価値は10年で3倍になり経済の好循環を生み出した。
 成熟期の企業でいえば、新事業の資金調達に際し、増資(国でいえば増税)や社債(同じく国債増発)ではなく、資産売却や資産のセール&リースバック(同じくコンセッション)を検討するのは当然だ。コンセッションは今や日本でも法律が整備されている。民主党政権の数少ない貢献の一つといってもよい。ただ、この法的枠組みはいくつかの点で具体化されていない。大村秀章愛知県知事が県の有料道路への適応を検討しているものの、問題があるという。
 国土強靱化を真に目指すなら、「コンセッション」と一体化で進めることだ。既存の資本ストックで民間に移管できるものは移管して、そこから生じるキャッシュで必要な投資を行う-。政治が強い意志で新しい仕組みをつくって初めて、民間でも相応のインフラ・ファンドの組成が可能になる。
 財源を議論せず10年で200兆円もの公共投資を行うというのは安易だ。一方、国土強靱化を単にばらまきと批判するだけでも十分ではない。「コンセッション」を基本概念に成熟したインフラ整備論議に発展させる好機である。



スポンサーサイト

【藤井聡】「竹中平蔵氏の国土強靱化批判」を「分析」する

藤井聡教授FBよりシェア

これまで、個人的に書かれた事について(ギャグのネタにしたこと​はありましたが 笑)批評の文書をとりまとめることはあまりして​なかったように.....思いますが、元国務大臣ですから、ご意​見に対するご批評をお加えいたしました。





「竹中平蔵氏の国土強靱化批判」を「分析」する

京都大学大学院教授
同大学レジリエンス研究ユニット長
藤井聡

 本年6月4日、自民党は、国会に「国土強靱化基本法案」を提出​した。この法案は、近い将来に高い確率で首都圏と西日本を直撃す​る巨大地震への対策を図るためのものだ。そして、自民党の茂木政​調会長からは「10年で200兆円の事業費で強靱化対策を図る」​ことを予定している旨が主張されている。そして、その公的な財源​については国債を基本として調達する一方、その投資を通してデフ​レ脱却を図る事が検討されている。
 そして公明党やたちあがれ日本も同様の政策を主張を示しており​、前者は100兆円、後者は300兆円の「公費」に基づく公共投​資の必要性を打ち出している。
 この政界の動きについては、マスメディアで様々な批判が散見さ​れるようになってきた。 
 そんな批判の主要なものの一つが、8月16日に日本経済研究セ​ンターのホームページにおける「竹中平蔵のポリシースクール」で​公表された「“国土強靱化政策”をどう受け止める?」という、竹​中平蔵氏の原稿だ。
 強靱化批判は様々な論者が口にしているものの、反論する水準に​達していないような稚拙な批判も少なくはないのが実態だ。しかし​竹中氏は元国務大臣であり、その影響力も当然ながら大きいもので​あることから、本稿では竹中氏の批判を紹介しつつ、その批判を、​改めて「分析」「解釈」することとしたい。
 竹中氏はまず、6月16日付日本経済新聞の「大機小機」の中で​指摘されている次の3つの、強靱化批判を紹介し、「どれも確かに​適切な指摘」と「明言」している。
 その3つとは、「①今や、地域のあり方は地域自ら考える時代で​あり、時代遅れだ」「②地域の個性を生かす時代であり全国で同じ​ような地域づくりをしてはいけない」「③公共投資依存型の成長を​目指しているが、1990年代の経験に基づけば、こうした政策は​持続可能ではなく、財政赤字という負の財産を残す」というもので​ある。
 しかしこの批判は、竹中氏が言う様な「適切な指摘」とは到底言​えない代物だ。
 そもそも国土強靱化は「巨大地震対策」の政策なのであるから、​①や②の批判を差し向けること自体がナンセンスだとしか言いよう​がない。それに当該基本法では「全国一律の地域づくりをする」「​地域自らが考える事を否定する」とはどこにも書かれていないので​あるから、①②は批判として「的をはずしている」と言わざるを得​ない。
 ③について言えば、デフレ脱却のためには積極財政とそれを支え​る金融政策が不可欠であり、それによるGDPの成長こそが財政改​善をもたらすということは、「世界の経済政策担当者の常識」であ​る(たとえば、竹中氏の知人であるノーベル経済学賞受賞者クルー​グマンが著した『さっさと不況を終わらせろ』等をご参照願いたい​)。さらに言うなら、日経が指摘する「90年代の経験」について​は、筆者の統計分析より、中央政府の公共事業は、確実にGDPの​縮小を防ぎ拡大をもたらしていた、という「事実」が「実証的」に​明らかにされている(詳細は筆者HPをご参照願いたい)。つまり​、③の指摘もまた、完全なる「事実誤認」に基づく「的はずれ」な​指摘なのだ。
 竹中氏は、以上に加えて、強靱化には「既存の資本ストックを活​用するという視点がない」という批判を加える。これもまた「的は​ずれ」な指摘だ。既存ストックの有効利用はもちろん大変結構な事​だし、強靱化対策の中でそうすればいいところだが(実際、強靱化​基本法ではそれを一切否定していない)、それだけで適切な巨大地​震対策をする事などできるはずもない。
 その他にも、いくつもの疑義のある指摘が繰り返されているのだ​が、それらの「批判」はいずれも、「国土強靱化対策は、最悪、数​百兆円の経済被害と50万人を上回る犠牲者が危惧されている巨大​地震対策なのだ」という一点を見過ごしていることに起因している​ように思う。
 要するに竹中氏の強靱化批判は、これまで繰り返されてきた「公​共事業批判」を焼き直したものに過ぎないのであって、「国難と言​うべき巨大地震への対策」に対する「批判」とはなっていないのが​実態なのである(なお、その「公共事業批判」自体についても、上​記③に対して述べたようにも「的はずれ」なものが散見されるので​あるが)。
 しかしそれは、竹中氏だけに言えることなのではない。それは、​彼が引用した日経新聞の批判もそうであったのだし、テレビや新聞​で繰り返されている強靱化批判の多くに共通している重大な欠陥な​のである。
 是非とも多くの有識者、マスメディアの皆さんには、今、日本が​どれだけ巨大な巨大地震リスクに晒されているのかを真正面から誠​実にご認識いただきたいと切に願う。そしてその上で、一定の予算​と時間の制約中で、どの様にすれば効率的、効果的に強靱化が果た​すことができるのかという建設的な視点でのご批判を心から願いた​いと思う。
日刊建設工業新聞、所論緒論(平成24年8月29日号)




竹中平蔵のポリシー・スクール
http://www.jcer.or.jp/column/takenaka/index392.html
8月16日 “国土強靭化政策”をどう受け止める?

 自民党が「国土強靭化」という名の政策を打ち出し、話題を呼んでいる。一見して、公共事業の拡大を再びやるのかという印象を受けるし、実際そうした批判が強いようだ。しかし自民党は、次の選挙のマニフェストにこれを含める方針であり、現実の政策に影響を与える可能性は高い。以下では、国土強靭化政策の位置づけについて、プラス・マイナス両面から評価してみたい。
10年で200兆円の公共事業?
 自民党が3日発表した次期衆院選マニフェスト(政権公約)の最終案によれば、まず目指すべき3つの基本理念が掲げられている。(1)国民の安全・安心と活力(2)自助を基本に共助・公助が補う「絆社会」(3)将来への投資で次世代につなげる、というものだ。さらにこれを実現するための政策の7つの柱が示されているが、そのうちの一つとして、「国土強靭化の取り組みを地域経済の中長期的発展の呼び水に」することが示されている。そのために日本再生債という新たな国債の発行も論じられている。また、茂木政調会長の発言として、10年で200兆円の公共事業を行うことも伝えられている。自民党の小泉政権では公共事業の縮小を図り、民主党もコンクリートから人へという掛け声の下、さらに公共事業を削減した。これに比べると、確かに大きな方針転換である。
 こうした政策への批判には様々なレベルのものがあるが、典型的には6月16日付日本経済新聞の「大機小機」のなかで次のような3点が指摘されている。
 ①かつて「全国総合開発計画(全総)」という仕組みの下、国主導の開発が進められたが、現在は廃止されている。「地域のあり方は地域自ら考える」時代になったのではないのか。歴史的使命を終えた国主導型の全総をよみがえらせるのは不適切だ。
 ②強靭化政策は、効率性の追求が過度の集中と国土の脆弱性をもたらしたという認識のもと「国土の均衡ある発展」を目指している。しかし必要なのは、各地が個性的な地域づくりを競い合うことであり、むしろ「積極的に集中を図る」ことも必要な時代ではないか。全国で同じような地域づくりをしてはいけない。
 ③公共投資依存型の成長を目指しているが、1990年代の経験に基づけば、こうした政策は持続可能ではなく、財政赤字という負の財産を残す。
 こうした批判は、どれも確かに適切な指摘であろう。同時に、いくつかの新しい視点をこれにとり入れて、強靭化政策に対するやや異なった評価を提供することも可能である。
ストック活用による強靭化
 バブル崩壊後の90年代、日本政府は当面の需要拡大のために公共投資を急激に増加させた。バブル期にはせいぜい8兆円水準だった公共事業関係費は、98年のピーク時には14.9兆円(補正後)に達した。GDP比で見ても日本の公的固定資本形成は90年代のピーク時に6.4%となり、欧米主要国の約2倍の水準となった。これを受けて2000年以降は自民・民主両党の政権下で公共事業の削減が行われた。その結果近時(2010年)には、公的固定資本形成の対GDP比は3.2%と、ほぼ半分になった。これは、ドイツ1.6%、イギリス2.5%、米国2.5%よりはやや高いものの、フランス3.1%と大差ない水準となっている。したがって需要項目としての日本の公共投資は、もはや高すぎる水準ではないと言える。その意味で、90年以降の高すぎる公共投資が是正された現時点で、今後の公共投資のビジョンを問い直すことには意味があると考えられる。
 この時点で改めて公共投資のあり方を根本的に問う理由として、投資額削減の中で今後の更新投資が十分行われうるか、懸念が出てきたことがあげられる。日本はすでに大きな公的資本ストックを有しており、それを維持するためだけでも今後多額の投資が必要になる。国土交通省によると、2029年の時点で建設後50年以上経過する社会資本の割合は道路・橋で51%、港湾岸壁で48%になるという。従来通りの維持管理・更新をする場合、2037年には必要な更新投資額が投資総額を上回る計算になるという。その意味で、長期的な公共投資戦略が求められている次期を迎えている。
 残念ながら現状の国土強靭化政策には、上記のような意味での厳格な長期ビジョンが伴っているとは言えない。ただ、問題提起的な意味合いを受け入れたうえで、一つの可能性を示唆することができる。それは、既存の資本ストックを活用するという視点だ。具体的に、キャッシュフローのある施設に関し、「コンセッション」といわれる手法を活用することだ。コンセッションとは、資本の所有は公的部門が引き続き担当するが、料金をとってその施設を運営する権利を民間に売却することを意味する。道路や空港、さらには水道事業などこうした手法に馴染む分野はたくさんあり、法制度の整備によって既存ストックの積極活用が可能になる。いうまでもなくこれは、ストックの効率性を高めるのみならず、新たな資本投資のための資金調達を可能にする。PFI(民間資金を活用した社会資本整備)やPPP(官民連携)は日本では新規のインフラ投資について語られることが多いが、より重要なのは既存資本についてである。こうした資金調達とパッケージで提案することによってはじめて、真に必要な公的資本形成が進むのではないだろうか。
 現実問題としてこの強靭化政策には、地方の実質的な主力産業である建設業を助けるために、減少してきた公共事業を再拡大させたいと考える政治的意図が存在していよう。しかしいまこうした次元の議論を超えて、戦略的な資本形成を進めねばならない。大きな絵の下でのコンセッション方式の積極活用は、財政健全化のためにも必要である。



http://trans.kuciv.kyoto-u.ac.jp/tba/index.php/b4/job/233



【藤井聡】『日本破滅論』おわりに.

藤井聡教授FBよりシェア

先日来ご案内申し上げておりました『日本破滅論』の発売日が本日ですね。
改めて当方のHPに、紹介HPをアップしましたので、ご紹介です。

当HPでは、本書の「おわりに」を掲載いたしました。


文春新書

『日本破滅論』

藤井聡・中野剛志

日本は破滅する────.

考えてみれば,これほど当たり前のことはない.

そもそも,この日本がある地球そのものが,50億年後の太陽の寿命と共に滅び去ってしまうことが,科学的に知られている.

それを知った幼い頃,えらく衝撃を受けたものだが,少しずつ成長するにつれ,その重大なる意味に徐々に気がつくこととなっていった.それは,次のような事だ.

「そうか───どれだけがんばって,どうせ,50億年後には全部おじゃんになるんだ」

これが,筆者の心の内にある「日本破滅論」の原型だ.

そしてこの原型を出発点として,日本が潰れるなんて当たり前の事なんだ,とことある毎に感ずる様になっていったのである.

こんな風にして「日本破壊論」が心に芽生えてしまえば「色んな仕事に身が入らなくなるんじゃないか───」と訝いぶかる方がおられるかもしれない.

しかし筆者の身に起こったには,それとは全く逆のことだった.日本の破滅を深く理解すればするほどに,筆者の精神にはますます活力がみなぎっていくかのようだった.

そもそも,自分の大好きなものが「絶対に潰れないモノ」だったとしてみよう.だとすれば,それを潰そうとする輩がいても腹なんかたたないし,そいつと戦おうなんてことも思わない.でも,その大好きなものが「潰れるものだ」と思った途端,それを潰そうとする輩に対する怒りは凄まじいものとなるし,何らかの破壊が見いだされた時には深い悲しみが去来することとなると同時に,もう二度と破壊をさせぬと決意し,それを守るための戦いに身を奉ずることとなる.

つまり,どれだけ日本を好きであろうが,日本なんて潰れないと思っていれば,工作員がいようが売国奴がいようが知ったこっちゃないとばかりに自分の趣味なり私利私欲なりにかまけ続けることになる.でも,日本が潰れるという事実を受け入れた人間はついつい,何か問題がないか,戦うべき相手がいるならどの様に戦うべきか───なんて事ばかり考えてしまうことになるわけである.

こう考えれば「破滅論」をその精神に抱えた者は,なんとも言えず心配性だし,年中怒り狂ってないといけないし,情緒不安定のノイローゼになっちゃうんじゃないか───と危惧される方もおられるかも知れない.

しかし,そこは心配無用.

「日本破滅論」をその精神の内に深くに抱えていれば,最後の最後に,

「まぁ,どうせ,なにやったって,日本は潰れるんだから」

という,何とも言えず,まるで神社で柏手かしわでを打った時の様な,あっさりとしたスッキリとした気分が立ち現れることになるからだ.

不思議なものだが,それは例えば次のような事だ.

ヘンテコなウソツキさんが,大衆の嫉妬心や弱者の怨恨に訴えかけながら民主政体の中で権力を握り,「名誉欲,権力欲」のために人々をダマしながら,その街を,そして日本を傷付け,潰すような改革/維新をやり続けたとしよう.

「日本破滅論」をその精神の内に携えた者なら,その輩がどれだけおぞましいモノであるのかをいとも容易く見て取る.そしてその悪行で傷付けられた人々の苦しみに胸を痛め,その悪を憎み,憤怒し,戦い,そして圧倒的劣勢の中でみずからの無力を噛みしめる.

しかし彼は「自身がいかに振る舞おうとも,どうせこの日本は潰れるのだ」と諦観している.そんな彼にとってみれば,そのウソツキがどれだけおぞましく猛威をふるおうが,そんな輩がこの世にいることなどは全くもって「当たり前のこと」なのだ.

だからこそ彼は狼狽えることなく,そのおぞましき俗物を目の前にしてもなお,陰や鬱に陥ることなく,平常心を保っていることができるのだ.そしてその俗物を冷静に眺めながら,その滑稽さも,哀れさも,その弱々しさも全て同時に見て取れることとなる.結果,彼は勝利の可能性を最大化せしめることに成功するのである.

しかし,彼はその勝負に勝てるとは限らない.むしろ,多勢に無勢故に,はじめから負けが確定しているかのような時の方が多いだろう.しかしそもそも彼は「日本は潰れる」と深く理解しながら戦っている者なのだ.つまり彼は勝つために戦っているのではない.ただひたすらに戦うべき戦いを戦っているだけなのだ.

だから,相手がどれだけ強大であろうと,状況がどれだけ絶望的であろうと彼は戦うのである.しかも彼は戦いながらも,その俗物の,あるいは時に自らの悲劇のみならず喜劇を見てとりながら,快活に振る舞い続けることとなるのである.

───以上が,筆者がイメージする「破滅論」だ.

筆者の内に何があるのかは,自身では理解し得ぬものではあるが,少なくとも本書で語り合った中野剛志君の精神の内にはそんな「破滅論」が明確に胚胎されているのだと思う.そんな彼との対談だからこそ,対談に同席いただいた出版社の飯窪氏,石原氏に「日本破滅論」なるタイトルをお付けいただく事になったのだろうと思う.

さて───本書の対談は,中野君が我が京都大学に二年間在籍した最後の最後に行ったものである.

思えばこの二年間,TPP,大震災,エネルギー問題,増税問題,橋下問題と目まぐるしく日本を「破滅」させんとする攻撃が様々に仕掛けられてきた.いわばこの二年間はかの大地震に象徴されるように,それまで潜在下で蠢うごめいてきた様々な破滅への動きが一気に顕在化した時期だったと言えるだろう.

しかし「破滅論」の立場から言うなら,それらは全て織り込み済みの至極当たり前の事柄でしかない.だからこれからもそんな当たり前の破滅への動きが様々に我々の目に前に,さらにおぞましき相貌を見せつけながら立ち現れることとなるのは必至なのだ.

そもそも日本が破滅するのは分かっているのだ.しかしそれが今日なのか50億年後なのかは分からない.それこそが,我々に問われていることだ.つまり我々は,その破滅の日が訪れるのを,一年でも,一日でも遅らせることが出来るか否かを問われているわけだ.それはちょうど,いつか必ず死ぬ運命にある野生動物が自然の中で必死に日々生き抜いていかんとする姿に重ね合わすことができる.

過酷な自然の中に生きる野生動物にこそ活力がみなぎるように,我々もまた,破滅に向かう過程の中でこそ活力が湧き出でるものなのである.

だからこそ,「日本破滅論」は決して陰鬱なものとはならない.むしろそれは,明朗で快活で,愉快なものなのとなるわけである.

その意味に於いて,この二年間は誠に愉快であった.

本書は,そんな日々の一断面である.


~『おわりに』(京都大学大学院教授 藤井聡) より抜粋~
http://trans.kuciv.kyoto-u.ac.jp/tba/index.php/b4/job/197



【藤井聡】消費税増税確定を繰り返す新聞報道に騙されるな!

藤井聡教授FBよりシェア

先週日刊ゲンダイさんに掲載いただいた、連載「新聞報道に騙されるな!」の記事です。FB上では繰り返し申し上げていたところですが、この点はひつこいくらいに強調すべき点ですから(笑)、改めて、原稿の形でまとめました。

もしよろしければ、周りの方にも是非、折りをみてお伝えして差し上げてください。



日本経済の「虚」と「実」~新聞報道に騙されるな!~⑦
消費税増税確定を繰り返す新聞報道に騙されるな!

京都大学大学院教授・同大学レジリエンス研究ユニット長 藤井聡

今週の 消費税増税は、国会で決まってしまった!
しかし際は まだ増税は決まっていない。国民の力で増税はいくらでも止められる!

8月10日、「消費税増税法」が成立した。これを受け、新聞各社は次のように大々的に報道した───『2014年4月に8%、15年10月に10%になる 』(朝日新聞)、『一体改革関連法成立、14年度から消費税8%に』(読売新聞)、『消費増税法が成立 14年4月に8%、15年10月10%』(日本経済新聞)、『消費増税法:成立 2014年4月から8%』(毎日新聞)、『現行5%の消費税率は平成26年4月に8%、27年10月に10%へ2段階で引き上げられる』(産経新聞)。

これだけ繰り返し報道されれば「増税は確定した」と大半の国民が信ずるのも当然だろう。

しかし───この事は本連載の第一回の記事でも強調したが、消費増税法が成立しても、未だ増税は「確定事項」ではないのである。

極めて重要なことなので、今回も繰り返し指摘したい。この法律の付則第十八条には、時の政権が景気の動向を加味した上で、増税の可否を「判断」することが明記されている。

つまり、判断することが確定しただけであって、その時点で増税をするという判断内容が確定したわけではないのだ。

無論この条文だけでは、デフレ下の増税に対する「完全なる歯止め」にはならない。時の政権が「景気には配慮しましたよ」と嘯きながら、勝手に増税してしまうことは「可能」だ。しかしそれでもなお、文字通り付則第十八条に一言も触れずに、増税が確定したかの様に繰り返す報道は、絶対に看過できぬおぞましき天下の大罪だと断罪し得る様な代物なのだ。

そもそもこの付則第十八条をきちんと報道すれば、「デフレ脱却までは増税反対!」という世論が形成され、それを通して増税が阻止される未来は十二分以上に考えられるのである。にも関わらず「増税が確定した」という報道を繰り返せば、そういう世論が形成されず、実質的に増税が確定してしまうではないか。

つまり、今の報道姿勢は、「未確定の未来の増税」を「確定化」させるものに他ならないのである。

であればこそ、今こそ、本連載タイトルである「新聞報道に騙されるな!」との言を、声を大にして叫ばねばならぬ時なのである。真っ当な政治を取り戻すために、一人でも多くの国民が大手メディアの虚構性を見抜く力をその身に携えられんことを、そして、一人でも多くのメディア関係者が真っ当な報道をなさんとする意志の力を取り戻されんことを、心から祈念したい。

日刊ゲンダイ,2012.8.17
http://trans.kuciv.kyoto-u.ac.jp/tba/index.php/b4/job/196

【藤井聡】増税以前に、「未納者」からきちんと取り立てるべし

藤井聡教授FBよりシェア

「日本経済の虚と実」の第六弾原稿です。

この点は専門家の中では比較的有名な(?)論点なのですが、一般国民にはあまり知られていない論点だと思います。

『「真面目に税金払ってんのに払ってない奴がいる」にも関わらず,「払ってない奴からカネを取るのが面倒だから,真面目に払ってる奴から搾り取った方が手っ取り早い」と言わんばかりの政府の振る舞いこそが,この度の増税論なのだ....』という
この論点一つだけでも、消費税増税論を吹き飛ばす威力はあると思うのですが、ホント、日本の世論は正当な議論なんて、「そんなのカンケーねぇ!!」なよしおノリなのかもしれませんね(笑)。



日本経済の「虚」と「実」~新聞報道に騙されるな!~⑥
増税以前に、「未納者」からきちんと取り立てるべし

京都大学大学院教授・同大学レジリエンス研究ユニット長 藤井聡

今週の 政府歳入を増やすには、「増税」しかない!
しかし際は 「増税」する以前に、「未納者」からきちんと取り立てるべし!

先週も紹介したが、増税反対論の中に、「増税の前に、政府支出を削れ!」という根強い意見がある。しかし、政府支出を削れば、デフレが悪化し、かえって税収が減少することが危惧される以上、増税の前に為すべきことは政府支出の削減などでは断じてない。

「デフレ脱却」こそが,増税の前に為すべきことなのだ。

しかし、万一,今,仮に「デフレ脱却」ができたとしても、そんな増税の前に為すべき,極めて重大な政府の仕事がある事を忘れてはならない。

それは、税金・保険料等の「未納者からの取り立て」だ。

例えば,あるレポート(浜銀総合研究所,2001年)によれば,課税を免れているいわゆる「地下経済」の規模は,5~23兆円程度と推計されている.もしここから税を取り立てることができるなら,年間で最大3~4兆円程度の税収を上げることが可能となる.あるいは現在,国民年金保険料の未納率が40%を超え,厚生年金保険料の滞納企業が全体の9%を超えている.この未納金がきちんと支払われれば,毎年数兆円から10兆円程度もの保険料が得られるのではないかとも指摘されている.

無論こうした未納金を,今すぐ完璧に徴収することは容易ではない.しかしだからといってこれを「放置」して言い訳がない.とりわけ真面目に税金を払っている人達を「だけ」を狙い撃ちして「増税」するなら,それ以前に未納金を徴収する,あるいは少なくともそのための最大限の努力をするのが,どう考えたって「筋」だろう.

ではなぜこんな「理不尽」がまかり通っているのかと言えば,それは偏(ひとえ)に,多くの国民がこの「事実」を知らないからだ.

もし多くの国民がこの事を知れば,つまり,「真面目に税金払ってんのに払ってない奴がいる」にも関わらず,「払ってない奴からカネを取るのが面倒だから,真面目に払ってる奴から搾り取った方が手っ取り早い」と言わんばかりの政府の振る舞いこそが,この度の増税論なのだという事を知れば,国民は大きな憤りを抱くに違い無かろう.

すなわち,政府の増税論は,「国民の無知」につけ込むものだと解釈する事は十二分に可能なのである.

兎に角,政府は増税「以前」に,未納者からきちんと徴収する仕組みをつくりあげねばならない.そして国民はこの明々白々な自明の理を理解し,政府主導の増税論の「暴走」を止め,理性的な財源・金融・経済論を組み立てんとせねばならぬのである.

日刊ゲンダイ,2012.8.10
http://trans.kuciv.kyoto-u.ac.jp/tba/index.php/b4/job/194


(ご覧いただき、ありがとうございます!)
藤井聡教授イベント


講演「山陰新幹線の早期実現と北陸新幹線」
平成28年7月30日鳥取
 


関西ローカルの夕方の報道番組
夕方LIVEワンダー
(午後3時50分~午後7時)
毎週金曜日コメンテーターにて登壇予定 


藤井聡教授書籍
「プライマリー・バランス亡国論」
その7つの理由


「プライマリー・バランス亡国論」
三橋貴明氏の紹介文


発売日2016年5月

国土学
書評

発売日2015年10月

デモクラシーの毒
中野剛志書評

発売日2015年7月

モビリティをマネジメントする
参考



超インフラ論

発売日2015年04月

<凡庸>という悪魔
書評①
書評②
書評③

発売日2014年07月

築土構木の思想
参考動画


発売日2014年06月

グローバリズムが世界を滅ぼす

発売日2014年05月


政(まつりごと)の哲学
「はじめに」より

発売日2014年01月

大衆社会の処方箋
柴山桂太氏書評
参考動画
参考記事
参考記事

発売日2013年12月

巨大地震Xデー
あとがき


発売日2013年08月

新幹線とナショナリズム
参考記事
はじめに&目次

発売日2013年06月

強靭化の思想
強い国日本を目指して
正論インタビュー
参考記事
簡単な紹介
参考記事

発売日2013年06月

レジリエンス・ジャパン
日本強靭化構想

読者レビュー


発売日2013年06月

経済レジリエンス宣言
はしがき


維新・改革の正体
-日本をダメにした真犯人を捜せ-

中野剛志氏書評
参考記事


日本破滅論
~おわりに~


コンプライアンスが日本を潰す
新自由主義との攻防

“はじめに”と“おわりに”
読者からレビュー


プラグマティズムの作法
日本が救われる有効シナリオ
トークイベント動画
中野剛志氏推薦文


救国のレジリエンス
動画「救国のレジリエンスとは何か?」
富国強靭


列島強靭化論
佐伯啓思氏書評


公共事業が日本を救う
中野剛志氏書評
今こそ、公共事業で巨大地震に立ち向かうべし
著者が語る
山梨のトンネル崩落事故
デフレの今こそ大規模な公共事業を


正々堂々と
「公共事業の雇用創出効果」を論ぜよ 
~人のためにこそコンクリートを~

西部邁氏寄稿『藤井君の思慮ある勇気』



なぜ正直者は得をするのか
参考記事


文明の宿命

参考記事


土木計画学
参考記事


社会的ジレンマの処方箋


代表的日本人
内村鑑三著

藤井聡教授の愛読書

バック

こんにちは(*^^*)


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。