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【藤井聡】TPPを巡るウソ

藤井聡教授FBよりシェア

吉田兼好の徒然草には、「世に語り伝ふること ・・・ 多くや皆虚(そら)事なり」という下りがあります。TPP話は、ホントその典型だなぁ。。。と思いつつ、心にうつりゆくTPPのウソ話をそこはかとなく取りまとめると、11個もありました。



TPPを巡るウソ

『TPPが日本の建設産業を崩壊させる』


京都大学大学院教授 藤井聡


鎌倉の御代から、世間は虚そら事だらけである。

吉田兼好の「徒然草」の中に、次のような一節がある。

世に語り伝ふること

まことはあいなきにや

多くは皆虚そら事なり

つまり、「世間で言われていることの中に本当のことなんてほとんど無い、本当にウソ話(虚事)ばかりである」、ということである。そして、この下りは、次のような言葉で締めくくられている。

いひたきままに語りなして

筆にも書きとどめぬれば

やがてまた定まりぬ

「言いたいように好き勝手にいって、挙げ句に文字にされてしまえば、それがホントの事にされてしまう」。

 出家の身であった吉田兼好がこの徒然草を書きおこした時、世は鎌倉時代であった。彼は現代風に言えば有吉やマツコデラックス(あるいは少々マニアックであるが既に他界されたナンシー関)の様な「辛口批評家」で、それこそ心にうつりゆく「よしなしごと」(たわいもない事)を日々書きおこしていったのだが、それが世間の人々に大いにウケタのであった。しかもそれは鎌倉時代のみならず、現代に至るまで代々に渡って日本人に読み継がれてきたのであり、今となっては、教科書にも載せられてほとんど誰も知らぬ者などいない程の国民的な大人気作家となった。

 そこまで彼が時代を超えた大きな人気を得続けたのは言うまでもない、彼の書き残した一つ一つの「たわいのない、よしなしごと」の一つ一つに、人間や社会についての凄まじく深く深遠なる真実が胚胎されていると、多くの人々が時代を超えて深く直感し、感動を覚え続けてきたからである。いってみれば、「最上級の“あるある”」、それが吉田兼好の徒然草だったわけである。

 かくして冒頭で紹介した「世間の中にはうそばかり」なる言にも、深い「真実」が含まれているという事は、否定しがたいところなのではなかろうかと思う。実際、今日、そんな「世間に共有された虚話」のあからさまな実例を見て取ることができる。

 今日のTPPを巡る様々な言説である。

 筆者はこのTPP問題について、筆者の専門の関係から深く関わる様になり、世間でTPPについて言われている様々な言説やその背後にある理論を改めて確認していったのだが、文字通り、「まことはあいなきにや、多くや皆虚事」であったことに、改めて驚いたのであった。そして、色々な講演会やテレビなどで実に多くの(というよりも、大半の)「経済専門家」と呼ばれる人々が「いひたきままに語りなして」(好き勝手に語って)いる姿を目の当たりにし、新聞や雑誌や書籍、はては、学生に教え込む「教科書」にまで、その好き勝手に口にし続けてきた「虚事」が「書きとどめ」られてしまい、挙げ句には、それら全部を通して、「日本国政府の、TPPへの参加交渉への参加」という形にまで「定め」られてしまった事を目の当たりにしたのであった。

 いわば、好き勝手な「虚事」の暴走によって、一億二千万人もの国民を抱えた大国日本の中央政府の方針が、今まさに定められようとしているのである。

「自由貿易推進論」に見られる虚事

 いわゆるTPP推進論は、基本的には「自由貿易の推進論」に乗っかって主張されているものであるのだが、この「自由貿易の推進論」そのものに、びっくりしてしまうほどに明らかな「真っ赤な嘘」が数多く含まれている。ここではその代表的なものについ紹介していくことにしよう。

(虚事1)日本は、諸外国に比べて輸出依存度は低い。

 この思いこみは本当に世間の中に強い。しかし、日本のGDPに占める輸出額の割合はたった1割強しかなく、TPP参加交渉国10カ国の中でも下から数えて二番目の低い水準である。日本は貿易立国でもなんでもなく、内需主導の経済大国なのである。だから「日本は輸出を伸ばさないと生きていけない」なんてことは全く根拠のない思いこみにしか過ぎないのである。

(虚事2)日本の市場は閉鎖的だ。
 この思いこみも又、一般世論に強いようである。日本の平均関税率はアメリカ以下であり、農産品関税率は欧州以下である。自動車の関税に至っては、アメリカには2.5%ある一方で、日本はゼロである。さらにアメリカを除くTPP参加交渉国8カ国のうち、実に6カ国と自由貿易協定の締結・交渉を行っている。つまり日本の市場が閉鎖的だなどというのも全くの嘘話なのであり、それを根拠に「閉鎖的な日本を開かなければならない」という言説も、病理的な思い違いにしか過ぎないのである。

(虚事3)グローバル経済時代の今、海外との連携は必須だ。
 この思いこみは、特に経済に詳しい方々の間で強いようである。確かに、世界はグローバル化してきたことは事実である。しかし、2008年のリーマンショックを境にして、世界経済の動向は全く位相が異なるものへと変化したのが実態だ。
 今誰もが危惧しているように、欧州はギリシャ国債問題に象徴される様な危機的な状況に至っており、EU全体の平均失業率は10%にまで上昇している。米国も又、リーマンショック後失業率が向上し、同じく10%程度にまで上昇している。さらに、世界経済を牽引すると目されてきた中国も、今やバブル崩壊の危機に直面している。 つまり、2008年以降、欧米中と、今、余裕をもって日本からの輸出をたくさん買い取ってくれる国はなくなってしまったのである。この様なグローバル大恐慌へと向かいつつある今、海外と連携を進めれば進める程、日本は大きな被害を受ける見込みは日に日に増大しつつある。
 グローバル化で日本が利益を得られるのは、2008年以前の様に、海外に旺盛な需要があり、たくさんの日本製品を買い取ってくれる時代に限られるのである。世界中がデフレの時代には、連携を進めれば進める程に、日本はさらなるデフレを輸入してしまわざるを得ないのである。

(虚事4)世界最大の経済大国米国と経済連携を進め、共存共栄を図ろう
 この様な主張は、エコノミストの方々や、さらには保守系の論壇においてしばしば耳にするものである。上記の(虚言3)とも関連するものであるが、米国も日本も共に好景気で、失業者もなく、旺盛な需要を抱えている状況では、日本人は米国からのさらなる輸入を必要とし、米国人も日本からのさらなる輸入を必要とし、両者の経済圏を一体化することを通して共存共栄を図り、両者でもって世界経済を牽引していく、というシナリオはあり得ぬ話ではない。しかし今や、日米共に深刻なデフレ不況にあえいでおり、この状況で日米経済連携を図れば、「共存共栄」どころか「失業の押し付け合い」が始まることは避けられない。事実、オバマは、米国内で拡大した失業対策のために「輸出倍増戦略」を立てており、米国が日本にTPPの話を持ちかけたのは、この戦略の一貫なのである。
 さらに言うなら、米国は20年以上も前の日米構造協議の頃から終始一貫して日本の巨大な市場を狙い続け、様々な市場開放要求を突きつけ続けてきている。その中で、リーマンショック以後さらにその圧力を高めて、このTPPの話が進められているのである。TPPによって実現するのは、バラ色の共存共栄の世界なのではなく、「米国による日本への経済侵攻の過激な推進」なのである。

(虚事5)もう内需は伸びない。外に打って出るしかない。

 この思いこみは、世論に於いて極めて根深いように思う。マスコミ世論のみならず、世間で耳にする大半の話が、全てこの思いこみに基づいて形成されているようにすら思える。しかし内需が伸びないのは、日本が先進国だからという事実や少子高齢化などの「どうしようもない原因」によってなのではない。
 日本の景気が後退した過去15年間、欧米先進国は軒並み経済成長しているし、少子高齢化が進んだドイツもロシアも経済を成長させている。日本の内需が伸びないのは、需要が供給よりも少ないことで生じる「デフレ」だからであり、かつ、そのデフレ対策を一向に図ってきていないからである。
 需要が供給よりも少ないのがデフレの原因である以上、増税を控えつつ公共投資などを中心として需要を拡大すると共に、規制緩和ではなく「規制の強化」を図って供給の拡大を抑止すれば、内需は拡大できる。そうであるのに、日本はデフレを促進するような数々の対策、
すなわち、1)増税、2)規制緩和と自由化、3)公共事業削減を、
自ら進んで図ってきたのであり、これでは内需が拡大し、デフレ脱却が図れるはずがない。
 いずれにしても、内需が伸びないのは「確定事項」でもなんでもないのであり、公共投資を行ったり規制の強化を行うことで政策的に拡大できることは論理的に明々白々なのである。
 だから、外に打ってでる「しか」ないという言説は、現実を見て見ぬふりをする様な病理的な思いこみにしか過ぎないのである(なお、公共投資のために建設国債を発行すると、日本経済が破綻する、という思いこみも多くの国民の間で共有されてしまっているのだが、それもまた、ここまで述べてきた数々の虚事と同じく、完全なウソ話である。
 紙面の都合上簡潔に述べるに留めるが、デフレ経済下では、日銀による金融政策による資金供給の余地が膨大に存在しているのであり、建設国債の発行にあわせて日銀による金融政策を行えば、日本経済に一切の混乱を与えないままに、数十、あるいは百兆円規模で資金調達が可能な状況にあるのが実態だ1)。


「TPP推進論」に見られる虚事

 以上、「自由貿易推進論」のおおよそが、単なる虚事、嘘話であり、もうこれだけで、TPP推進論は基本的に崩壊していると言うことができるのだが、「TPPそのもの」についてもまた実に多くの嘘話が横行している。以下、それらの中でも代表的なものを一つ一つ見ていくこととしよう。

(虚事6)TPPでアジアの成長を取り込め!

 TPP交渉参加国10カ国における日本を除く「アジア」のGDPのシェアは、たった4%にしか過ぎない。原理的にTPPでアジアの成長を取り込むことなど不可能である。

(虚事7)TPPに加入しなければ、日本は世界の孤児になってしまう!

 TPPは日本が関与する様々な経済連携のたった一つにしか過ぎない。二国間のFTA,EPAや、ASEAN、さらにはFTAAP等、様々な枠組みがあるのであり、TPPに加入しなければ日本は世界の孤児になる、ということは原理的にあり得ない。

(虚事8)TPPに加入して、日本に有利なルール作りに参加すべき!

 TPP交渉は、その前身のP4から数えて既に足かけ10年近くも重ねられてきており、基本的に今年の6月頃の締結が目指されている。一方で、今どれだけ日本が加入を急いでも、正式の交渉に参加できるのは今年の5月頃と言われている。数年間かけて多くの国々が議論してきた交渉に、たった数ヶ月参加したところで、日本にとって有利なルールができることなど、万に一つもあり得ない。
 しかも、日本がTPPの「交渉」に参加するためには、米国議会の「承認」が必要である。つまり、米国議会が認める程に、「日本のTPP参加が米国にとって旨味のあるもの」でなければ、日本はTPPの参加交渉を始めることすらできないのである。遅れて加入する日本の立場は、それほどまでに「弱い」ものなのであり、TPPにおいて日本主導の経済ルールができあがる見込みはほぼ皆無と言って良いほどの水準にあるのが実態なのである。
 なお、TPPにおいては、TPPの合意事項は四年間、国民に対して「秘密」にすることが既に合意されているという点もここに付言しておこう。つまり、もしもTPPが日本にとって不利益をもたらすルールを含むモノであったとしても、日本国民がその事実を知ることが出来るのは、TPPが国会で批准され、発効し、それがしばらく運用されてからなのである。つまり、我々日本国民は、TPPのルール作りの全てを、ここまで述べてきた全ての虚そら言を頭から信じ込んでいる「政府」に全て委ねなければならないのである。これでは日本の国益を守るルールが作られる様なことなどは、絶対にあり得ないと断定しても良いだろう。

(虚事9)TPPは中国包囲網だ!

 最近しばしば保守系のメディアなどで現れ始めた論調であるが、これもまたメチャクチャな嘘話である。
 そもそもTPPを推し進める自由貿易推進論者は、上記のように「アジアの成長を取り組む!」などといっていたわけだが、それはつまり、中国の成長を取り込む、さらに言うなら、中国にモノを買ってもらおうとする話である。
 いわば、自由貿易推進論者は、中国を「客」と見なしていたわけであるから、その客を「包囲する」等とは全くの矛盾をきたしている。さらに言うなら、経済連携と軍事同盟は、相互に無関係とは言えぬまでも、全く別の政治課題である。この論点もまた、検討するに値する水準に無いものなのである。

(虚事10)TPPで、中小企業は大きなビジネスチャンスを得ることができる!

 これはTPPを巡る数々の虚事の中でもトップクラスの虚そら事と言えよう。恐らくは、TPP反対論者による「TPPによって中小企業が壊滅的なダメージを受けることとなるだろう」という言説に対するカウンターの意味で言われ始めたものだと思われるが、TPP推進論者はしばしば、「海外との経済連携が不十分なため、世界でも十二分に勝負のできる高い潜在能力を携えた中小企業が、世界で戦えなくなっており、それで、大きな潜在的な不利益を被っている!」という論陣を張ることがある。しかしTPPによって恩恵を被る可能性を持つ中小企業は、極めて限定的である一方、TPPによって存在を被る可能性がある中小企業がほとんどだという事実を忘れてはならない(しかも、世界で戦える様なレベルの高い中小企業は、TPPがあろうが無かろうが、世界で戦うことができるという事も忘れてはならない)。
 そもそも、海外に直接輸出している企業は、大企業も含めてたった2000社のうち1社程度しかない。TPPで、近い将来にそういう輸出関連企業がふえたとしても、日本の企業の体勢を占めるほどになることなど、万に一つもあり得ない。つまり、TPPで得をする中小企業が存在する事があるのだとしても、それ以外の99%以上の企業は、何の恩恵も被ることはできないのであり、むしろ、海外の大企業の日本国内への参入によって、大きな存在を被り、倒産の危機により深刻に直面せざるを得ないのである。

(虚事11)TPPで経済成長を!

 最後に、TPP推進論の最大の論拠である「TPPで日本は経済成長する!」という点もまた、真っ赤な嘘なのである。そもそもTPPの推進を図ろうと躍起になっている政府が公表している数値は、10年間で2.7兆円のGDP増加効果というものである。しかし、これは1年間に換算すれば、0.27兆円であり、これは日本GDPもわずか0.05%(!)にしか過ぎない。500万円の収入の世帯に換算してみれば、それはたった2700円にしか過ぎない。年収2700円増える、というのがメリットだと言われても、その世帯にとってそんなもの、ほとんど意味の無い、誤差程度の数値だとしか思えないであろう。
 しかも、この数値ですら、「過大推計」されたもの、いわば「粉飾」されたモノであることが知られている。そもそもこの数値計算は、応用一般均衡モデルというもので推計されたものであるが、このモデルでは「自由貿易が進んでも失業者は出ない」という前提をしいている。しかし、海外の大企業が日本国内に参入すれば、日本国内の多くの中小企業が倒産し、それを通して内需がさらに縮小し、GDPそのものが低下していくことが予期されている。つまり、その点を考慮に入れた数値計算を行うなら、GDPはプラスになるどころかマイナスになる事もあり得るということとなる。さらに、この数値計算においては、為替が今日ほど極端に「円高」であることが前提とされてい「ない」ものである。円安であるなら自由貿易の推進が、GDPの拡大をもたらす可能性が考えられなくもないところではあるが、今日ほど極端な「円高」の場合、自由貿易の推進派、日本への輸入を増やすだけで、日本からの輸出は増えるとは考えがたいのである。事実、平成23年度からの円高によって、輸入が輸出よりも相対的に増えてしまい、我が国は久方ぶりの「貿易赤字」を抱えることにもなったのが実態だ。だからこの点を勘案すれば、TPPに加入した時には、GDPが増えるどころか、減少してしまう可能性の方が濃厚なのである。

 いずれにしても、TPPの推進を目論む政府が、TPP推進を正当化するために精一杯「粉飾」して公表している数値そのものが、GDPのたった0.05%に過ぎないという事実は、TPPが経済成長にとって「効果的でない」ということをあからさまに証明しているのである。

 以上、TPPの推進そのものを巡る数々の虚そら事を見てきたが、こうした認識は、徐々に国民の中にも知られはじめ、農業や医療・保険をはじめとしたいくつかの業界で、TPPに対する強い反発の声が上がっている。

 しかし、深刻な影響が及ぶであろうことが予期されているにも関わらず、ほとんど反対の声が上がってこない、不思議な業界もいくつか存在している。

 その代表的な業界が「建設業界」である。

 筆者はTPPが建設業界に及ぼす深刻な影響を、2011年初頭から主張し続けてきた。しかし、建設業界は驚くほどにTPPに対して無関心の態度を貫き続けている。

 その背後には、建設業界特有の思いこみがいくつかあるようである。その代表的な思いこみが、

(虚事12)米国は日本の建設市場には入って来ないだろう

というものである。実際、これまでベクテルをはじめとした米国の大手建設会社は、日本の市場に参入することを失敗し続けてきた。
 しかし、米国は、日本の建設市場を決してあきらめてなどいない。そもそも日本の建設市場は、これだけの不況の中においてすら、米国を除く世界中の国々の中で、最大の市場規模を誇るものである。だから米国は、これまで日本の建設市場への参入を画策し続けてきているのである。
 そもそも日本の商習慣であった建設談合が法的に取り締まられるようになったのは、日本政府の自主的な判断によるものではない。米国からの「要求」でそうなったのである。そして、米国がそういう要求をし続けてきたのは、米国の建設関連企業が、日本に参入するために、日本特有の談合をはじめとする様々な商習慣が「邪魔」であったからなのだ。そもそも独占禁止法が強化され、公正取引委員会の権限が大幅に強化されてしまったのは、米国の様々な企業の日本市場への参入を促したい米国政府の強力な圧力に、日本政府が屈してしまったからなのである。

 こうした背景の下、日本の建設市場のルールが近年、大幅に改変させられてきたのだが、かといって、米国の建設企業は日本の市場に大幅に参入してきてはいない。これは要するに、未だ日本の建設市場に参入するには、米国企業にとっては様々な「障壁」があるからに他ならない。いわゆる「談合」はほとんど無くなったものの、様々な業者が受注できるように「発注ロットサイズ」は諸外国に比べて小さく設定されている。だから、米国企業が参入してぼろ儲け出来るほどの大規模な発注は未だ限定的である。それに加えて、いわゆる「トンネル発注」(元請けが受注した仕事の大半を、下請けに回すことが禁止されている)が規制されていたり、施工管理技術者制度など日本固有のルールがいくつも存在している。
 そもそも、各国の建設産業は、最も特殊な産業であり、それぞれの国に様々なルールがあるのが当たり前であり、だからこそ、簡単に進出することは容易ではないのである。

 しかし、米国の狙いは、
「日本市場を、完全に米国市場と同じものに改変し、それを通して、豊かな経済大国日本で米国企業が簡単に商売ができるようにする」

 という状態を作り出すことである。つまり「日米の市場を一体化させること」そのものが米国の狙いなのであり、その狙いが実現するまで、米国は日本に対する市場開放要求を止めることはないのである。そして、その目論みの餌食にされてきたのが、「農業」であり「医療・保険」なのであるが、それらの市場に対する「侵攻」が終われば、すぐさま、最大の市場である「建設」にまで、米国の触手が伸びてくるであろうことは火を見るよりも明らかである。言うならば、「建設市場」こそ、米国の日本への経済侵攻から日本を守る「最後の砦」なのである。

 しかし、TPPに日本が加入すれば、日本の国内市場の最後の砦である、日本の建設市場への米国の「侵攻作戦」のお膳立ては、完全に整うことになってしまう。
 そうなれば、日米間にあるあらゆる制度上の相違が、「日本市場の閉鎖性」として非難され続けることとなる。 そして、自由主義経済をあらゆる社説の基本に据えている日本の大手メディアも全て、その論調に同調することとなる(過去20年間、どれだけメディアが建設業界を叩いてきたのかに思いを馳せれば、この点については容易にご理解いただけるのではないかと思う)。
 そうなれば、日本の建設業界は、米国のみならず、日本国内のマスコミ世論によっても総攻撃を受け、日本の建設市場を米国に完全に開放せざるを得ない状況に追い込まれるようになるだろう。

 そうして日本の建設市場における「発注ロットサイズ」は早晩、米国並みに引き上げられ、中小の建設業者が受注することが厳しくなってしまうだろう。そもそも、米国には、よほどの事情がない限り中小の建設業者はあらかた「淘汰」されてしまっているのであり、日米の市場の同質化が進めば、日本に於いても多くの中小の建設業者が「淘汰」されることになるのは避けがたい。

 さらには、現在は規制されているいわゆる「トンネル発注」もまた、認められることとなるだろう。そうなると、現地の事情に詳しくない米国企業が受注し、それを、現地の事情に詳しい国内の建設企業に下請け発注するという事が横行することとなろう。そうなれば、発注額の一部が米国に流出していくと共に、国内の建設企業の収入はさらに減少していってしまうこととなろう。

 そして何より、TPPにおいて進められる「資本の自由化」によって、デフレ不況で傷ついた国内の建設企業の「買収」が進むこととなろう。そして、米国の大企業の系列化が進み、受注額の一部が、米国に吸い上げられ続ける仕組みが創出されることとなろう。
 さらには、「弱肉強食」を当然のことと見なす「アメリカ型の経営方針」が日本国内においてますます採用されていくこととなり、日本の建設業界内の様々な習慣が、ますますドライで、アメリカ的なものとなっていくことだろう。そして、多くの建設関係の労働者が解雇され、中小の建設業者はあらかた潰されていくこととなるだろう。
 アメリカ企業というものは、日本人の普通の感覚では全く理解できないほどドライであり、社員の雇用を守り、社員の家族の暮らしを守るために事業を続けるという多くの日本人が抱いている当たり前の感覚をほとんど持っておらず、仕事上の長い付き合いを大切にするという風習も持ち合わせてはいないのである。

 最後にもう一つ付言するなら、TPPに加入すれば、これまで以上に「安い」建設案件も建設コンサルタントサービス案件も、国際競争入札案件になるであろうことがほぼ確定的である。そうなれば、米国企業の日本市場への進出は、さらに進んでしまうこととなる事は避けられないだろう。

 この様に、米国の何十年にもわたる「日本市場の開放作戦」は、TPPへの日本加入によって最終段階に至り、「最後の砦」であった建設市場もまた、米国の大企業達によって侵攻されてしまうこととなるのである。そして、日本の中小の企業はあらかた潰されていくことになっていくのである。

 その一方で、もしも日本の建設会社が米国市場に参入できるのならば、それで五分五分ということになるのかもしれないが、残念ながら、そのような未来は絶対に訪れない。

 そもそも、「各国固有のルール撤廃」が、このTPPの狙いなのであるが、日本ほどに様々なきめ細かなルールを持っている様な繊細な国は、世界中どこを見回しても存在していない。
 例えば米国に、日本人の様に社員や社員の家族をもっと思いやるような風習を持つようにさせたり、地域の発展のために「経営は苦しいけれど共に頑張ろう」と誓い合ったりするような文化風習を持つように圧力をかけ、それが成功するならそれに越したことは無いだろうが、そんな事が近い将来に現実的に可能となるだろうと思う日本人は一人もいないのではないだろうか。つまりは、各国固有のルール撤廃を徹底化したとき、最も多くのルールの撤廃をしなければならないのは、米国ではなく我が国日本なのであり、米国をはじめとする諸外国は、大したルール改変は不要なのである。つまり、ルール交渉において、「日本が一人負け」することは火を見るよりも明らかなのである。

 ここまで説明しても、大手の建設業者は脅威を感じないかも知れない。なぜなら、一定程度米国企業に発注を取られても、海外部門を一定程度増強したり、これまで中小の建設業者が受注してきた市場に参入すれば、ある程度受注額を維持していくことが可能となるからだ。

 ここに、TPPに対して大手建設業者が強く反発しない本質的な理由があるのではないかと思う。

 一方で、中小の建設業者は、「仮に海外大手が日本市場に進出することが合っても、まさか今、自分たちが受注しているローカルな小規模の事業に参入することはないだろう」と考えておられる方々は多いのではないかと思う。これもまた、建設業界でTPP反対論が大きなうねりとならない原因だろうと思う。

 しかし、ここまで読み進んで頂いた方々におかれては、それは楽観的に過ぎる見込みであることをご理解いただけるのではないかと思う。日本がTPPに加入すれば、今大手が受注している仕事に米国大企業が参入し、その結果今、国内大手は国内の中小企業が受注している市場に参入し、その結果さらに、零細企業が今受注している市場に中小企業が参入することとなり、より小さい企業ほど「淘汰」されていくこととなるからである。要するにTPPは「(米国の大企業ですら参入出来てしまうほどに)日本の建設市場そのものを大企業しか生きていけない様なモノに改変してしまう取り組み」に他ならないのである。

 このようにTPPに加入すれば、全国の建設企業が、早晩、根底から崩壊していくことになることは避けがたいのだが、そうなったとき、最も不利益を被るのは、実は日本国民なのである。

 洪水や土砂崩れ、地震や津波、豪雪などが頻繁に起こる我が国日本の国土の上で日本人が安心して暮らしていけるのも、それぞれの地域に中小零細の建設企業が残されてきたからである。さらには、このグローバル化が進む日本社会の中で、さしてグローバル企業と対抗出来るような産業を持たない様な地方を守り続けてきたのは、地方の建設産業が生み出す雇用であったという事もまた、地方の建設産業の重大な公的意義だったと言うことができるだろう。

 いわば、日本の中小零細の建設企業は、「半官半民」の存在なのであり、日本の国民の暮らしを守ってきた存在なのである。

 しかし、100%商売の論理だけで世の中の仕組みを作り替えようとするTPPは、そうした建設業者が担ってきた「半官」の側面を全く無視し、さながら「道ばたに咲く菜の花を戦車で踏みつぶしていく」が如くに、地域の建設産業を崩壊させ、人々の暮らしを破壊していくものなのである。

 こう考えればTPPは、単に損得の問題だけではない、という事をご理解いただけるのではないかと思う。それは日本人の暮らしと日本の風土、そして、日本の歴史を保守することができるか否かの問題ですらあるのである。TPPの賛否を巡る議論は、この点に思いを馳せぬ人々と思いを馳せる人々との間の、言うならば「人は何のために生きているのか」という問いを巡る論争でもあるのである。

 もしも、日本人がこれまでの様に普通の日本人の暮らしを守りたいと思うのなら、日本国民は是が非でも、TPPへの参加を拒否しなければならない。そのためにも、2012年は「勝負の年」になるだろう。おそらくは、年内に行われる「TPP参加を巡る衆議院の国会決議」で、TPPを否決する国会議員が半数に達すれば、TPPへの不参加が確定する。さもなければ、TPPへの参加は確定してしまう。TPPの衆議院での否決を導き得る政局を作り出すことができるか否か───2千年の歴史を持つ我が国日本の「国家の命運」は、(大袈裟な話でも何でもなく)まさにその一点に掛けられているのである。

『中小商工業研究』2012年4月1日号
http://trans.kuciv.kyoto-u.ac.jp/tba/index.php/b4/job/141-tpp-soragoto-1.html



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