【藤井聡】『国土が日本人の謎を解く』大石久和氏「 裁判官の暴走 」

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過日、書籍『国土が日本人の謎を解く』をご紹介した大石久和氏が、とても興味深い原稿を書いておられましたので、ご本人の承諾を得て、改めて紹介差し上げます。是非、ご一読ください。


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多言数窮127 「 裁判官の暴走 」


                           大石久和

 裁判官の暴走とでもいうべき判決がなされた。やや旧聞に属するが、2015年4月14日に出された福井地方裁判所の樋口英明裁判長による判決である。
 これは、関西電力高浜原子力発電所の再稼働の差し止めを命ずるという仮処分の判断であった。その理由は、「原子力規制委員会が策定した新規性基準は緩やかにすぎて合理性を欠き、適合しても安全性は確保されていない。」「基準地震動を下回る地震でも、冷却機能喪失による炉心損傷に至る切迫した危険がある。」というのである。
 この判決は、科学とか科学的判断とかをあまりにも無視したものだといわなければならない。福島原発事故によって科学者への信頼が揺らいでいるといわれるが、科学の専門分野、先端分野では科学者の判断を尊重しなければならないのは当たり前なのだ。
 この裁判官には、自己の知識が判断を迫られている事柄に対してあまりにも不足していることへの恐れの認識がない。知識がなければ判断できるはずがないとの常識が欠けている。専門家集団である原子力規制委員会が定めた基準では、「安全性は確保されない」「切迫した危険がある」とは、如何なる事情を想定し、その可能性をどう判断したのか。
 これの説明能力もないのではないか。裁判官の自由心証主義を乱用したといっても差し支えない。数学や物理学の勉強や研究をしてきたわけでもなく、法律の解釈をもっぱら行ってきた経験しかない判事が、非専門の領域について専門家以上の正しい判断が下せると考えること自体、不遜の極みというべきなのだ。
 こうした事柄について法律解釈の経験と知識しかない人間が判断を下し、それを尊重しなければならないという制度そのものがおかしいのだ。事件の事実認定やそれに基づく法の適用を行う裁判官が、科学の領域について「科学的判断」をしなければならないという仕組みが変なのである。
 2007年10月、ある漫画家の家の外観が周辺の景観を悪化させているとして、住民が提訴するという事件があった。これは、「まことちゃんハウス」事件として有名になった。この建物は、周辺にはない赤と白のストライプというかなり目立つものだった。
 2008年には家は完成し、2009年1月には東京地方裁判所・畠山稔裁判長の判断が下された。それは、「周囲の目を引く配色だが、景観の調和を乱すとまでは認めがたい」というものであった。住民は上訴しなかったので、これで判決は確定した。
 しかし、といわなければならない。この裁判長は、いつどこで「都市景観学」「色彩心理学」「環境心理学」「都市計画学」などを学んだのだろう。法の適用・解釈ばかりを学んできた人に、なぜこれが「景観の調和を乱すものではない」という判断ができるのだろう。
 また、この素人の判断を社会が受け入れ尊重しなければならないという制度が、なぜ存在し続けるのか、これは不思議なことなのだ。
 モンテスキューは、1748年に「法の精神」を著わし三権分立を説いた。しかし、この時代には科学は大して発達しておらず、環境や安全に関することが争いの対象として問題になることもなかったといってもいい。わが国の児雷也の話ではないが、立法・行政・司法が三者鼎立的に牽制し合うように機能しておれば十分だったのだ。
 ところが、たとえば今日の環境の問題となると、さながら統計学上の有意差判定の議論をするかのようになる。単純化した想定をしてみよう。工場の騒音で生活上の障害が生じているとして提訴されたとする。騒音のあるデシベル値で障害を訴えた人が、たとえば50人中10人であるのに対して、それよりやや高い騒音値では60人中15人だった。この工場騒音が障害の原因かどうかの判断するには、統計上騒音値が有意に効いているかどうかの判断をしなければならなくなる。
 この判断のためには、前提として結構複雑な処理が必要で、騒音値の変動量や騒音の周波数分布の違いも見なければらないし、工場ができる前の生活上の暗騒音がどうだったかなど、他要素を考慮した因子分析的・回帰分析的な作業が必要となる。
 同様に、たとえば沿道の排気ガスによるぜんそく問題を裁くにしても、沿道からの距離や濃度及び濃度変動以外に、喫煙の有無、家屋内の換気状況など、これも複雑にいろんな因子がからんでくるなかで、有意差があるかどうかの判断をしなければならない。
 ドイツやフランスなどには行政裁判所という司法裁判所とは別に行政判断について処理する制度がある。日本にも戦前にはあったのだが、大陸法由来だったからなのか戦後は廃止され現在の司法制度に統一された。
 よく知られた例だが、ドイツの現ミュンヘン空港はかなり前に新たに開港したのだが、この建設には反対運動が盛んで、環境・土地利用などをめぐって多くの裁判が提起された。これらは、テーマごとにまとめて行政裁判処理され、それに応じて空港側も種々の変更を加えた結果、かなり短時間で諸問題の解決を図ることができた。
 このように業務処理的も限界に来ている司法裁判とは別にドイツ・フランスでは行政裁判所があることで、行政上のトラブルがうまく処理されている。
 この行政裁判所の他にも、社会のシステムとして欠かせないと考えるのが「科学裁判所」である。法の適用・解釈だけでは処理できない科学的判断を扱う裁判所の設置である。社会の複雑化にともなって生じる科学判断事案を、判断能力のある科学者の自由な心証に委ねる新たな仕組みである。福井地裁の裁判のように、判断能力のない人の判断を尊重しなければならないという現行の仕組みそのものが誤りであるからである。
 2015年4月22日、鹿児島地方裁判所・前田郁勝裁判長が川内原発の再稼働問題について判断を下し、「最新の科学的知見に照らし新規基準に不合理な点はない。」と判示した。福井地裁とは正反対の判断であったが、この裁判長は東京大学で工学を学んだ後に判事となっている。


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